遠い記憶の底に沈んでいたポエム?エッセイ?童話?短編?……

ずいぶん前から書きためていた文(もの)です。取るに足らない書き物ばかりですが、パソコンを開いていたら100編ほどの文がありました。少しづつ整理して投稿していきたいと思っています。

雑木林でネコが泣く「最終回」

   

村ゴンファンのみな様、ページを開いてくれてありがとうござい
ます。
拙文をダラダラと書き綴り、なんとか
「最終回」を投稿すること
ができまし(前回、その6の続きです)
長文になってしまいましたが、もし、お暇な時間に
目を通して頂
ければ幸いです。

今朝も朝靄の中に陽が顔を覗かせました。今日の陽は昨日の陽と

は異なります。そして、明日の陽も過去の陽とは異なります。
決して同じ日の出風景を見ることは叶いません。日々の思い出を

大切に宿し過ごして行きたいと思う今日この頃です。

木々が生い茂る雑木林の中でポッンと建つ社の傍らで『ミャーミャ
ー』と、か細い声で泣いていました。

雑木林でネコが泣く・最終回
私は山の神さまの賛成を得るにはどうしたらよいのか、忙しく頭の
中を巡らせました。
(え―いっ。なかなか良い手立てが思い浮かばない!―。こうなっ
たら、最初に浮かんだアィデァー。雨だけが頼りだ)
私は腕に巻いた時計の針に目を落としました。

針は十時を少し回っていました。
(山の神さまは、時間にもうるさい。所沢で開催する同級生との昼
食会に間に合わせるために十時前には家を出るはずだ)
私は、つい先ほど携帯電話で怒られたことを思い出しました。
「あんた―なにやってんのよ!―私が今日は友達との昼食会で所沢
まで出かけなければならないから―。私が家を出る十時前には必ず
家に戻ってくださいね!―。と、念を押したはずですよ!―。子ど
もたちにはご飯を食べさせたから!―あんたは、あんたで勝手にや
ってね。わかった!―」
(なにも、あんなに大声で怒らなくても……俺だって、俺だってチ
ャンとチャーンと、お前さんが出かける前に、前に戻るつもりでい
たのに―。なんでもかんでもすぐ怒るんだから)
いえいえ、私は決して山の神様が憎らしくていっているわけではあ
りません。
ただ……。
ときおり腹の虫が騒ぐのか、隣近所に聞こえる大声で子どもや私に
大きな声で、ガ―ッと、がなり立てることがときどきですがありま
した。
だけど、ほんとうはとても良い人なのです。
近所付き合いも良く、だれも山の神さまの陰口をいう人はいません
でした。
町内会の役員も進んで受けている善良な人です。
たた、動物が嫌いなのは別にしてですが。
目の中に浮かんだ山の神様の大きな顔を振り払うように、私は顔を
左右にふりました。
とたんでした。私はフッと首筋に手を添え顔をあげました。
首筋にポッンと冷たい感触を覚えたからでした。
重なる葉の上にもポッンと小さな雨粒が落ちました。
葉が雨に打たれユラッと揺れていました。

小さな雨粒が葉の先にポッンと落ちてきました。
(あれ―。そういえば)
私は喉の奥を小さく鳴らしました。
今朝、家を出るとき空には雲の欠けら一片もなかったのですが、い
ま、上空を見上げると薄い雲が東から西に流れるように広がってい
ました。
(ア!―そうだった。そういえば……TVの天気予報でも繰り返し
流れされていました。朝方、上空は春のようにポカポカとした陽気
に恵まれますが、みなさんご注意ください。昼の少し前から雨前線
が急速に広がり関東地方は雨傘が必要となる模様です。必ずお出か
けの際には雨傘かカッパをご用意ください)
私は枝先に重なる葉の中に浮かぶ小さな空を仰ぎました。
そして、どんなに山の神さまが動物が嫌いな人でも、雨の中、『ネ
コを捨ててきなさい』なんていうほどきつい人ではない。と、確信
しました。
無理やりですが。

早朝の空とは違い雨雲が上空に広がっていました。
私は枝葉の中から上空を見上げ『子ネコを飼う大作戦』を練ってい
たことを思い出しました。
(よしっ! ―。天も私の『ネコを飼う大作戦』に、ひと肌脱いで
くれる。天の思いを感じました。ヨシッ……時は今、雨が滴る五月
かな……)
織田信長を破り天下を手中にした昔の武将の句を思い出しました。
私の胸は高鳴りました。
(よしっ、思いは必ずや成る)
私は確信しました。
私の作戦に迷いはない。
絶対に山の神さまは嫌々ながらも必ず首を縦に折るはずです。
私の顔が自然とほころびました。が、その途端でした。
信長を打ち取った武将の天下は、たったの三日で終わってしまった
こと思い出しました。た。
緻密な作戦を練ったつもりでいたのでしょうが、読みが甘いところ
があったのかもしれません。
そんな史実が頭のすみに浮かびました。
(あちゃ―もしかしたら、ネコ大作戦の筋を書き直さなければ……。
山の神さまに、まける……負けるかも)
と、一瞬、胸騒ぎがしましたが、私は強いて不安を振り払い口もと
をギュッと結びました。
この時を逃がしたら、今後、絶対にネコを飼うチャンスはないと思
いました。


私は確信を抱き我が家に引き返すことにしました。
自宅まで歩いて30分ほどです。
私は先ほどの携帯で山の神さまがすでに家を出ていると確信してい
ました。
(電話があったのが十時十分ほど前………)
私はもう一度、腕の電話をのぞきました。
針は十時を10分ほど過ぎていました。
どちらかといえば気の早い山の神様です。
十時を過ぎて家にいることは、まず考えられません。
まして、今日は年に一階、同級生たちとの昼食会です。

私は獣道のような路を抜け出し雑木林を周回する道路に出ました。
雑木林から抜け出るときです。私は辺りに人がいないのを確かめま
した。
なぜなら、胸にハンカチを抱いてき背を丸めて林の中からはいだす
ところを見られたくありませんでした。
もしかしたら『なんだいあいつ、少し変な男だぞ・胸の中になにか
をハンカチに包んで林の中からはい出してきた。む---ん。もしかし
たらお宝でも拾ってきたんじゃないか』などと、あらぬ疑いをかけ
られては面白いはずがありません。
周回道を右に折れて歩くと住宅街に続く道がいくつも枝分かれして
いました。その道をまっすぐ歩くと約30分ほどで各駅停車の駅が
ありました。
私の住まいは雑木林を抜け周回道を左に十数メートル歩くと、やは
り住宅街に続く道がいくつも分離していました。その枝分かれした
道辻にありました。
我が家まではゆっくり歩いても20分ほどでした。
道筋にコンビニエンス店が点在し大手クスリチェーンがありました。
日用雑貨品を扱う大型店はAM10:00に開店します。
私は店に立ち寄ることにしました。
その店では薬のほかに日用雑貨やペット用品も置いてありました。
そのころには、ポッポッと小さな雨粒が落ちてきましたが、 まだ
傘を広げるほどの雨脚ではありませんでした。
休日の朝です。
私のほかに客の姿はありませんでした。
店の店頭には『ペットを連れての入店はお断りします』と、太文字
で書かれた看板が置かれていました。
私はつかの間、店頭で尻込みしました。
ハンカチに包んだ子ネコもペットに違いありません。
店員さんに発見されたら……。どうしょう……。入店を断れてしま
うかもしれません。私は看板を見つめながら迷っていました。店の
前に買い物かごが積まれていました。一瞬、かごの中にネコを入れ
て店頭の端に置いて自分だけ店に入り買い物を済ませようかと思い
ましたが、その間に、近所の子どもたちに発見されてどこかに連れ
されてしまう危険もありました。
(どうしょうか~)
店の前でグズグズしていました。
いったん家に戻り、山の神さまがいない間に子どもたちに子ネコを
預けてから、出直そうかとも思いましたが、一刻も早く子ネコにミ
ルクを飲ませてあげよう。との思いが強く胸を突きあげました。
(家に戻り……子どもたちにネコを預け……また、店に戻ると二・
三十分のタイムロスがある。雨もコクコクト強くなっている)
さいわい、と、いうか、なんといったらよいのか、ハンカチに包ん
だ子ネコは泣き疲れたのか、おなかが空いて声もだせないのか、ハ
ンカチの内で体を小さく丸めていました。

店員さんはとても良い人でした。ネコに気が付かない顔をしていて
くれました。
私は意を決しました。
子ネコを包んだハンカチを胸に抱えて店に一歩足を運びました。
さいわい、店の店頭入り口付近に定員さんの姿はありませんでした。
首を伸ばして店内を見渡すと店員さん数人が、店内に並んだ棚の商
品を整理したり品出しをしていました。
私が店に入るとき小さなチャイム音がなりました
その音に店頭入り口付近で体を二つに折り下段の棚に商品を補充し
ていた店員さんが、腰を折ったままチラッと私に顔をふり『いらっ
しゃいませ」と朗らかに応対してくれました。
(しめしめ……)
私は胸にネコを抱いていることを悟られないようにペットフード売
り場の棚の前に前に立ちました。
店には何度も足を運んでいます。どこの棚にネコ用の餌が置いてあ
るかわかっていました。
ペット、ブームの昨今です。
棚にはさまざまな種類のフードが販売されていました。
私は棚の前で並べて置かれているネコ用品を端から順番に眺めまし
た。
私は餌を目で追いながら迷っていました。
種類が多すぎました。
が、なんとか、ネコの粉ミルクを決めました。
ミルクが入った箱に、ひと肌と同じくらい温めて飲ませてください。
と、小さく表示されていました。
ついでに粉ミルクを入れる小さな容器と、子ネコの口に含ませる乳
首のようなオシャブリを購入しました。
レジで買い物の支払いを済ませるときでした。内ポケットの財布に
指先を伸ばしたときでした。ポロっと子ネコがハンカチからレジ台
の上に転げ落ちてしまいました。
『ミャ―』と、子ネコが小さな声で泣きました。

ハンカチから零れ落ちた子ネコが『ミャー』と、小さく泣きました。

(まずい……油断していた。店員さんに怒られる)
私は財布からお金を指先で抜き出しチラッと定員さんの顔をのぞき
込みました。
(……)
しかし、店員さんは良い人でした。
子ネコを抱いているのを見て見ぬふりをしてくらました。
店員さんは、唇の先を小さくほころばせただけで支払いを済ませて
くれました。
(若い女の子でした。アルバイトのようでした。ほんとうにありが
とう、店員さん)

私は子ネコを抱き片手でネコのミルクを抱えて家に急ぎました。が、
一抹の不安もありました。
山の神さまが出かけたのは十時少し前。その直前に小さな雨粒がポ
ッンポッンと落ちてきました。そして、粉ミルクを購入して店を出
たのは十時三十分を少し回っていました。
(待てよ……山の神さまが家を出たあとすぐにポッンと雨粒が落ち
てきた……と、いうことは……山の神さまが傘を取りに家に戻って
くる可能性もある……。すると家の前で山の神さまとオレが出合い
頭にバッチンと鉢合わせすることも考えられる)
我が家から駅に向かには、家の前の道を右に進んで歩きます。その
道を約20分ほど歩くと総武線の駅がありました。
私が雑木林から家に戻るには家前の道の左側の道を歩いて戻ります。
普通なら駅に向かう山の神さまと家に返る私が道で顔を合わせるこ
とはありません。
しかし、雨で山の神さまが家を出る時間が少し遅れる懸念がありま
す。
私は玄関先で山の神さまと鉢合わせしないように、子ネコを抱きな
がら一歩一歩、注意深く歩きました。
家の前、十数メ―トルまで用心深く私は歩きました。

そして、家の前の道路を挟んで建つ電信柱の一本に身を隠しました。
そして目の先を長く伸ばして我が家の玄関先をのぞきました。
五分ほど身を隠しようすをうかがっていましたが、ハタッと気がつ
きました。
(そうだ。このまま電信柱の陰にいることはない。家に電話すれば
子どもが待っている)
私はポケットの携帯電話を握り耳に添えました。

「お~お~早苗か――。おとうさんだけどさ――。おかあさん。お
かあさん……出かけたかい」
用心している私の声は自然とトーンが低くなっていました。
(そうだ。別に悪いことをしているわけではない。小さな声で話す
ことはなかった)
「うん。おかあさんなら少し前に出かけたよ。それよりおとうさん。
今どこにいるの? そんなに小さな声で話をしてもよく聞こえない
わよ」
長女の早苗でした。早苗も山の神様の性分を継いでいるような子で
した。
気丈でしっかりとしていました。
妹の美奈子とは少し性格がことなっていました。
美奈子は明るい子なのですが、早苗よりは多少おとなしく控えめな
子でしたが、ふたりとも物事をはっきりさせなくては気がすまない。
生真面目な子どもたちでした。
ふたりとも山の神さまの性格と体脂肪を少し受け継いだようでした。
二人とも両ほほがぷっくりと膨らんでいました。
早苗の得意技は手の指先でほほを丸く摘み『はい、お団子どうぞ』
と、指の間に丸く収まった小さな団子状になったほほを突き出すこ
とです。
妹の美奈子には早苗のようなことはできませんでしたが、駆けるこ
とが大好きでした。
毎年の運動会では毎回一等賞でした。
いつもニコニコとほほをほころばせていました。
ふたりとも私の性分に似たところは少なく、山の神様の性格を受け
継いでいるようでした。長女も次女を一見すると、性格がことなる
ように見えましたが、山の神さまと同じで気丈な性分でした。が、
ふたりの子どもが山の神さまと気性がことなるのは、山の神さまと
違いネコや犬が好きなことでした。
そのところでけが私と似ていました。
ふたりとも目の中に入れても痛くないほどかわいい子どもたちです。

「え……ほんと?……。ほんとうに、いえにつれてかえってくれる
の? ねえ、ねえっ―美奈子。おとうさんがネコをいえにつれて、
かえってくるんだって」
「いえい、やった!―」
子どもたちの喜ぶ顔が私の生きがいです。
「そうとも、ほんとうだよ」
電信柱の陰から抜け出し玄関前に建つ私の前に、早苗と美奈子が家
の中から飛び出すように私に手を指し伸ばしていました。
そして、私の手の中をのぞき込み『やった―』と、どっと声をたて
ました。が、妹の美奈子の顔が、なんとなく沈んでいました。
「どうした美奈子。おまえは子ネコがかわいくないのか? 」
私は美奈子の不安げな表情を見逃しませんでした。
「う~ん。ネコはかわいいんだけどさ……。おかあさん。おかあさ
んが、その子ネコを飼ってもいいよ。と、いってくれるのかな?―」
美奈子は、ぼそっと口を開きました。その顔が少し悲しそうでした。
「うん……そうだね」
子ネコに目を落としながら姉の早苗もが小さくうなずきました。
「はっはっは―だいじょうぶ、だいじょうぶ、はっは、ぜんぜ~ん、
だいじょうぶ。おとうさんがいいっていっているんだから、はっは
っは、ぜんぜんだいじょ~ぶ」
子どもの手前もあり、私は父親の威信をかけて山の神さまの承諾を
得ずに子ネコを家で飼うことを私は約束しました。
「え―ほんと!―」
子どもたちの弾んだ声を耳にすると自然私の心も和みます。
私は子ネコを抱いたまま玄関をまたぎました。
とたんでした。ザ―ッと、冷たい風が首筋を巻きました。
(おお―雨になるぞ―)
子ネコ子を子どもの手に預けと玄関から外に顔を振ったとたんでし
た。
バラバラと小石を振りまいたようで大きな雨が道に跳ねました。

家に戻ったとたんでした。大きな雨粒がバラバラと落ちてきました。

ネコを抱いて一番先になさなければいけない案は、ネコを拾ってき
たときからり頭の中にインプットされていました。
まず最初にすることは、子ネコにミルクを与えることでした。
子ネコは先ほどまで疲れたようすで背を小さく丸めていましたが、
子どもの手の中でいきなり『ミャ―ミャ―』と、手の中から逃げ出
すように身をよじり泣き出しました。
私は慌てて台所に立ちました。
やかんに水を入れガスレンジの上に置きました。
(さて、お湯とミルクをどのような分量で混ぜ合わせればよいのか)
ミルクの粉が入っていた箱から注意事項が表示された案内書を取り
出しました。
案内書に表示された分量と同じようにとうりミルクを作りましたが、
ひと肌とはどのくらいに温度になるか少し考えました。
(うむうむ。ひと肌というのは……人間の体温と同じくらいという
ことか。な)
私は適度に冷やした湯を哺乳瓶に注ぎ、シャカシャカとふりました。
そして、ほほに哺乳瓶をほほに当てました。
(うむうむ、ちょうどいい具合だな)
そして、ついでにオシャブリを口に含み『チュ―チュ―』と、吸っ
てみました。
(あれ――おいしい。へ――、ネコのミルクってあんがいといける
な)なんて思いました。
今後の人生、ネコのミルクを飲むことなどは、生涯あるとは思えま
せんが、薄い甘味がありなかなかだな―と、思いのほかうまいこと
がわかりました。

子どもたちは、さっそく子ども部屋の隅にダンボール箱を置き、そ

の中に厚手の毛布を重ねました。
ふたりの子どもは、さっそく家にあった空のダンボールの中に厚手
のタオルを置いて、子ネコの寝床を作りました。その中に子ネコを
静かに横たえました。
子ネコは先ほどまでぐったりとしたようすで背を小さく丸めていま
したが、
箱の中でいきなり『ミャ―ミャ―』と、身をよじり泣きだしました。
その時のことです。私は衰弱して痩せ細った子ネコの体かのどこに、
こんなに
甲高く泣く力が残っていたのだろうと生き物の生命力に驚きました。
私はダンボ―ルの中で泣きじゃくる子ネコをソット手のひらで包み
込むように抱き上げました。
そしてミルクの入った哺乳瓶を子ネコの口先に触れるように差し出
しました。
一瞬、子ネコはピタッと泣くのをやめました。次の瞬間でした。
いきなり哺乳瓶に両手両足を絡ませチュチュと音をたてました。
そのしぐさは、両手と両足、そして唇の先を絶対にミルクから離さ
ない。という強い念が込められているようでした。
350ccほど作ったのですが、子ネコは一気に飲み干しました。
「ふっふ」
私と子どもたちの顔に笑みがこぼれました。
ミルクを飲む前でした。
子ネコは腹の皮と背中が一緒になるほど細かったのですが、その子
ネコの腹がミルクでポッコリと膨らんでいました。
子ネコはミルクに満足したのか『ファ―』と、口を大きく開け大き
なあくびをしました。そして四肢を大きく伸ばし目を閉じると、横
になりスウスウと小さな寝息をたてはじめました。
「ふっふ」
その幼い寝顔は、人間のアカチャンと同じでした。
天使の優しい羽に包まれて眠る幼子と同じでした。
あどけなく純粋な顔でした。
そのようすを見つめる私と子どもたちお顔が自然とほころびました。
(あ~あ~。これで山の神さまが、ネコが好きなら、な~よしっ)
私は、山の神さまの承諾を得る作戦を子どもたちに話しました。
私が仕組んだその作戦……。とほほっ、ぜんぜんたいしたことはな
いのです。
キ―ワ―ドは、たったひとつでした。
それは『雨』でした。
『雨』その一点だけが私にできる最大限の方法でした。
雨を活用し山の神さまの承諾を得る大作戦です。
『雨はここ二三日降り続けるでしょう』
と、繰り返し報道されていました。
「いいかい。ネコを飼うチャンスはここ二三日、ここ二三日が勝負
だぞ――」
私は目もと口もとを引き締め子どもたちに目の先をふりました。
「いくらネコが嫌いだといっても、この土砂降りの中、もとのとこ
ろに戻してきなさい。とは、いくらネコが嫌いのおかあさんでもい
わないはず。だ」
私と子どもたちの目が重なりました。
「……」
「……うん」
子どもたちは私の話に大きくうなずきました。
「そうそう、そこで……もし、もしもおかあさんが戻してきなさい
って怒ったら……。雨が止むまでだけ、雨が止むまでだけってさ―。
さんにんで、さんにんでおねがいするんだ……そうしたら、そうし
たら」
私は子どもたちの目をのぞき込み話を続けました。
「山の神さまは、もともと優しい人だから『ならネコを家に置いと
くのは雨が止むまでよ。雨が止んだら戻してきなさい。約束よ』と、
絶対にいうはずです。
その時には全員で『はい、わかりました。と、いったんはおかあさ
んのいうことを絶対に守ります』と、いうことにして、雨が止んで
も知らんふりをして子ネコを『家に置く』作戦を申し伝えました。
「二三日同じ屋根の下で暮らせば、絶対におかあさんも子ネコに情
が移る」
「うん……」
「……」
子どもたちはゴクッと唾を飲み込みました。そして、あごの先をコ
クンと折りました。
「ふっふっ。雨が止んだら……。おとうさんが、おかあさんに約束
したように、ふっふ、ネコを捨ててこようか。なんってわたしが、
おかあさんにいったら、ふっふ、おかあさん『なんでそんなかわい
そうなことをいうの』なんて、ぎゃくにおこりだすかもしれない。
なんちゃ―って。さ―」

私たちはテーブルに腰を下ろし『ネコを飼う』大作戦を話し合いま
した。
簡単ですが、上記のように『私とふたりの子どもの、ネコ家を飼う
作戦会議』は終わりました。
雨だけが頼りです。
夜間になって雨脚が激しいい音を鳴らしていました。
明日が週の始めです。
子どもたちは学校にいき私は職場に向かいます。
家に残るのは山の神さまと子ネコだけです。
通常、雨が止むのをねがいテルテルボウズを軒先にぶら下げますが、
子どもたちのどこにそんな知恵があったのか、私には考えられない
作戦を練り上げました。
10センチほどの小さなテルテルボウズをこしらえました。そして
テルテルボウズの顔に小さな文字で『お天気のかみさま。かみさま、
おねがいします。あめが、ず―っと、止みませんように』と、フェ
ルトペンで小さく書いて軒先にぶら下げました。

子どもたちの発想は大人ではおよびません。通常、テルテル坊主は、
雨が降らないように、ぶら下げるのですが、我が家の子どもたちは
テルテル坊主に『神さま、雨が降りますよう』との願いを込めて軒
先いぶら下げました。少し、変だなーとは思いましたが、私はあえ
て口をつぐんでいました。まー子どものすることですから。
雨は夕刻、食事時間帯になり、ますます激しくなりました。
外は横殴りの雨が風にあおられていました。
この雨の中、ダンボール箱に入れられていたら、この子ネコはどう
なっていたんだろうと、私は頭の中で想像しゾッとしました。
(この雨のかな……子ネコは一晩、いや一時間も生きていられなか
ったかもしれない)
私と子どもたちはコンビニ弁当を食べながら山の神さまの戻りを待
っていました。
「そろそろおかあさんが戻ってくる時間だな」
一時、雨脚が早くなったようでした。 
窓のガラスがガタガタと風に揺れました。
その音に私は顔を上げ柱に掛かる時計を見上げました。
昼食会に何回も出席している山の神さまです。
食事が終わると同席者と近辺の名所、風景を楽しんだあと家路につ
きます。
毎回、十九時ごろには家に戻ります。
ガラッ―と、玄関を開けると同時に『ただいま―』と、弾んだ声を
放すのもいつもの習慣でした。
玄関で靴を脱いで居間に(居間といっても台所に食卓が置かれた6
畳ほどの大きさです)
夕食を食べながら耳を澄ましていると、車音とバシンとドアを閉め
る音が居間にいて聞こえました。
今晩は雨がふっているのでタクシーで帰宅したようでした。
車から降り玄関前でバサッと雨のしずくを払う音とがしました。
山の神さまは雨にもかかわらずご機嫌が良いようでした。
『ふんっふんっ』と、鼻を鳴らし靴を脱ぐようすがうかがえました。
山の神さまが戻ってくるのか、顔を強張らせていたわたしと子ども
たちの顔にサッ―と緊張感が走りました。
私と子どもたちの目がティブルの上で重なりました。
「……」
「うん……」
無言でうなずく子どもたちの目の中に『おとうさん。がんばってね』
と、いう強い思いが込められていました。
「うんうん……」
私はコクンとうなずきました。
私たちは玄関先に目をふりました。互いの目の中に不安の影が色濃
く宿っていました。
さいわい、ミルクをたくさん飲んだ子ネコは、子ども部屋の隅に用
意したダンボ――ル箱の中で目を閉じておとなしくしています。
「ふんっふんっ」
山の神さまは上機嫌のようすです。
「ただいま――」
と、玄関から続く居間のガラス戸がガラッと開けられました。
とたんでした。

山の神さまはご機嫌な様子でした。
「ふんっふんっ?…… 」
山の神様の顔が一瞬、ビックッとこわばりました。そして? と小
首をかしげました。
山の神さまは匂いにも敏感でした。
サ――ッと、居間に緊張が走りました。
私たちは目だけ動かし山の神さまの顔を上目でのぞき、次に互いの
目と目を重ねました。
わずかな間、山の神さまは首をかしげ鼻先をピクピクッと開閉して
いましたがニコッと顔をほころばせました。
山の神さまは自分の思い違いと思ったようです。
山の神さまはいつものように浮き浮きとしたようすでティブルの上
に子どもたちのお土産を置きました。
次の瞬間でした。
「ミャ―」
子ども部屋から子ネコが小さな泣き声をたてました。
「……?」
山の神様の顔が一瞬、こわばりました。山の神様の目の先が子ども
部屋に注がれました。
山の神さまの顔が固まっていました。険しい目の先で子ども部屋を
にらんでいましたが、ギロット目を剝き三人の顔をグルっと見わた
しました。
ふりむいた山の神さまが、三人の顔を順番に見回していました。
「いまさ――『ヌャ―ヌャ―』なんて……なんてさ―。ネコの泣き
声が聞こえたような……気がした。ふっふ、今日は少しお酒をいた
だいてきたから、ふっふ、ごめん、ごめん。おかあさんの勘違いだ
った……。ふふ、ネコが家にいるわけなんか―そんなことなんか、
あるわけもない。ないものね―」
山に神様は自分の思い違いと思ったのでしょうか、口もとをふっと
ほころばせました。
とたんでした。
『ミャ―ミャ―』
と、子ネコが泣きました。


「……?」
サッと、山の神様の顔色が変わりました。
目もとが険しくなりました。
ここから話は一気に飛びます。
子ネコを発見された翌日。
やはり天気予報は的を得ていました。
子どもたちの『あめが~フレフレ、ボウサン―ガー』と、おねがい
した心根が天に通じたのかもしれません。

雨は降り続けました。

翌朝
今朝も昨日と同じでした。
土砂降りの雨音が屋根の上で跳ねていました。
私は仕事。
子どもたちは学校にいきます。
当然のことですが、日中、子ネコにミルクを与えるのは山の神さま
しかいませんでした。
その日、山の神さまは『雨が止むまでですよ。雨が止んだら、あな
た。約束したとうり、あなたが絶対に責任を持って子ネコをもとの
ところに戻してきてね』と、声を荒げていましたが、『雨が止むま
では仕方がないので家に置く』と、渋々ながら認めてくれました。
私と子どもが家を出るときでした。念を押すように山の神さまの声
が背中に投げつけられました。
その声色に少し怒気が含まれていました。
山の神さまは『私はネコなんかにミルクを絶対にあげませんからね。
あなたたちが早く家に戻ってミルクを飲ませてね』と、朝から機嫌
がすぐれないようでした。
私たちは、山の神様に一喝され『はいっはいっ』と、うなずくのが
精いっぱいでした。

しかし、子どもたちは学校から戻ると習い事、姉の早苗は水泳教室
に通い、妹の美奈子はサッカーの練習が待っています。
帰りは、それぞれ20:00頃です。
私は営業で外回りをしていますので帰りの時間は不規則でした。
その間、家には子ネコと山の神さまのふたりきりです。
子ネコはおなかを空かして『ミャ――ミャ――』と、泣き続けるこ
とは、まず間違いありません。
いくらネコが嫌いな山の神様でも子ネコを雨の中に放り出すことは
できません。それほどつれない山の神様ではありません。
結果、嫌々ながらも子ネコにミルクを与えるのは山の神さまだけで
す。

子どもたちは学校から家に戻ると真っ先に子ネコのようすをうかが
い、ホット胸をなでおろしていました。
いったん子どもたちは、子ネコを眺め、それから塾やサッカー練習
場に通うため家を出ます。塾やサッカーの練習が終わると子どもた
ちはわき目もふらず一目散に家に戻ってきました。
子どもが家に戻る時間は、それぞれ八時ごろでした。
夜の八時を過ぎると子ネコはミルクをたくさん飲んで箱の中で背を
丸めていました。
子どもたちが近くによった気配を感じるのでしょうか、子どもたち
がダンボール箱の中をのぞきこむと子ネコは薄く目を開いて『ミヤ
―』っと一声、泣いていました。自分がいる場所さえ知るわけもあ
りません。
ただ、おきているときはミルクをねだり『ミャ―ミャ―』と、泣い
ています。おなかがいっぱいになると目を閉じ箱の中で丸まってい
ます。
ときどき、箱の中にいるのが飽きてしまうのか、子ネコはダンボー
ール箱の端に爪を立てガリガリと搔きながらはい出してしまうこと
もあるようでした。
家に戻ると山の神さまが『このネコ。目を放していると、すぐに箱
からはいだしてしまうのよ』と、愚痴をこぼしていました。
ほの暗い部屋で電気を灯すまで注意を払はなくてはいけませんでし
た。箱から抜け出した子ネコを踏みつけてしまう恐れもありました。
まして外は土砂降りの雨です。大きいな音を鳴らし窓をたたいてい
ます。
子ネコが歩いている音は聞こえません。
私と子どもたちには日常生活が待っています。もちろん山の神さま
も同様でしたが。

子ネコを拾ってから三日目の朝でした。
外は昨日までの横殴りの荒雨も少し和らいでいました。

朝、布団をめくり部屋に置かれた段ボール箱の中をのぞくと、子ネ
コは目を閉じダンボール箱の中で背中を丸めていました。
昨日の夜、同じ部屋で寝る山に神さまが、静かに布団から抜けると
ころを目の先で追っていました。
子ども部屋に滑り込み子ネコにミルクを与えていたようでした。
朝、私と子どもは子ネコのようすをうかがっていると、山の神さま
は朝食の準備をしていました。
あわただしい朝の食事をすませ私と子ども隊が外に出る支度してい
るときでした。
『ミャ―ミャ―』
ガリガリとつめの先でダンボールの箱を爪でかいている音がしまし
た。
(あれ―起きたのかな―)
と、子ども部屋に首を伸ばすと同時に、子ネコが子ども部屋から、
ヨタヨタッとはいだしてきました。
一歩足を出すごとにヨロヨロトと子ネコの体が左右に揺れていまし
た。
そんなしぐさがかわいく、私とふたりの子どもは、ただニコニコっ
と縁で見つめていました。
すると子ネコは食卓の脇を通りぬけ、台所で私たちに背を向ける山
の神様の足元にヨタッとはいよりました。

「……」
ネコがよったのを感じないはずがありませんが、山の神さまは子ネ
コに目もくれず台所に立ったままでした。子ネコのことなど眼中に
ないようすでした。
山の神さまは子ネコが足元にいることを知っているのか無視してい
るのか、そのまま数歩、炊事場の横に体を動かしました。

『ミャ―ミャ―』
(あっ、あぶない)
子ネコに気付いていない山の神さまの大きな足で踏まれてしまう。
と、思わず息を飲み込みました。そして思わず山の神さまの顔を仰
ぎました。
「あら―いたの」
山の神さまは、子ネコが足元にいたことを初めて知ったような顔を
していました。
山の神さまは驚いたように子ネコを抱き上げました。
(まずい……)
私とふたりの子どもたちは顔を見合わせました。
そして次に互いの目の中をのぞきこみました。
それぞれの目の中に動揺したようすが浮かんでいました。
ネコに感づいた山の神さまに蹴飛ばされるか『だれか!―。どっか
に連れていって―』と、子ネコを放り投り投げられてしまう。
思わず首をすくめました。
『え!―っ』
そして次の瞬間、目を大きく見開きました。
私と子どもたちは、一瞬、不思議な光景をのぞいたような表情にな
りました。
三人はポカーンと口を開けたまま山の神さまのしぐさに目を注ぎま
した。
「だめよ、イルカちゃん。そんなところを歩いていると、ふっふ、
おかあさん。おかあさん、踏んずけちやうわよ―しらないわよ」
山の神さまは、ニコッとほころばせ子ネコを抱き上げました。
山の神さまが顔をほころばせると、少し肉付きのよいほほがプルっ
と震えます。その笑顔は山の神さまの優しい心根そのものでした。

山の神さまは赤ちゃんを癒すように胸の中に抱きすくめました。
(えっ! ――イルカ……イルカちゃん?)
私は山の神さまの顔をポカーンと見つめました。(へ―子ネコに名
前をつけていたんだ)
私は呆けたような顔で山の神さまを仰ぎました。
子どもたちに顔をふると、ふたりの子どもたちもぼうぜんとした表
情で目を丸くしていました。
「さ―さールカちゃん。おなかが空いたので、ちゅか―」
なにがどうしてどうなったのか、山の神さまが『イルカちゃん』な
んて、なんともネコらしくもない名で呼ぶのか、全く理解ができま
せんでした。
寸刻の間、私たちは、ただぼうぜんと山の神さまを仰いでいました。
山の神さまは私たちの感情を完全に無視して『はい、イルカちゃん』
と、子ネコを胸の中に抱き上げました。
「さあ―さあ―ミルクで、ちゅうよー」
山の神さまは台所の隅に手を伸ばし哺乳瓶を手にしました。
そして、懐に抱いた子ネコの口に哺乳瓶の先を含ませました。
(あんなに……動物が嫌いの山の神さまが……いったいどうしたの
? )
山の神さまの急変にポカ―ンっと口を開けている私たちに山の神さ
まは、いつのようにテキパキと指差しました。
「さ―さ―。早くご飯を食べて学校にいきなさい」
その声がいつもと違って少し甲高い声でした。
その声の質に照れ隠しが含まれているような気がしました。
『雨が止んだら捨ててきなさい』
と、放ったことを少し恥じているようすでした。
山の神さまは、私たちの心中など知らぬふりしていました。そして
山の神さまはアカチャンを胸の中に抱えて子守唄を聴かせるように
鼻先を鳴らし、子ネコに哺乳瓶を含ませていました。

子ネコを拾い家に連れて戻ってからも雨が三日間振り続けました。
子ネコにミルクを与えるのは、学校にいく前に子どもたちがミルク
を与えていました。
日中は当然山の神さましか家にいません。
『ミャ―ミャ―おなかがすいたよ』
泣く子ネコを見て見ぬふりするほど心の小さな山の神さまではあり
ません。
仕方なくミルクを与えていた、ここに三日中に子ネコに情が移った
ようでした。
その証拠に、子ネコに名前を付けることを忘れていた私と子どもた
ちの意見も聞かず、勝手に名前を付けていました。
その後、山の神さまに名前の由来を聞いてみました。
「うんっ、イルカって名前はね。以前、TVで見たアニメーション
の中でね。そのアニメは水族館の中で飼っているイルカ。ほら、海
で泳ぐイルカのことよ」
山の神さまは私の顔にチラッと目をふり『そのイルカがな。とても
かわいいイルカだったのよね。ふっ、それにあやかって、イ・ル・
カと、名前を付けたの』と、いうことでした。

時の過ぎるのは速いものです。子ネコを抱いて家に戻ってから十数
年、時が流れました。
イルカも大人になりました。
人間の年に換算すると100歳くらいになっていました。
おとなしくとても優しい子(ネコ)でした。
頭の良い子(ネコ)でした。
家族のだれにも愛されました。
特に私に良くなついていました。
子どものいうところによると、私の姿が見えない玄関先で、いきな
り『ミヤ―ミャ―』と、イルカが泣き出すことあったようでした。
玄関先から首を伸ばし辺りを見渡しても、どこにも人がいないので、
気持ちが悪いな―と、首をかげることがなんどもあったようでした。
「おかしいな―」
と、目の先を左右に振っていると、ふいっと町の角から、私が現れ
る。ということが度々あったようでした。
また、私が玄関前から一歩、家の中に入ると、どこにいても宙を飛
ぶように駆けよりまあいた。そして肩に飛び乗りグルッグルっと喉
を鳴らします。喉を震わせながら私の首筋に自分の面をこすりつけ
るようになでていました。

家族にとってかけがいのない『イルカ』でした。

冬の寒い夜夜中です。
私が布団に横になっていると、イルカは必ずといっても良いほど同
時刻、計ったように私のほほを舌先でザラ―っと舐めます。
イルカの舌の感触に私は必ず目を覚まします。
するとイルカは私の顔の前で『ミャ―』と泣きます。
それは『寒いからおとうさんの布団の中に入れてよ』と、いってい
るようでした。
イルカ用の寝床は暖かい毛布を重ねえて用意していたのですが、夜
中から朝方にかけて寒さが部屋の隅々に浸透するのか、寝床に包ま
っていても、布団の隙間から冷たい風が忍び込んでくるようです。
かわいい猫でした。

その後、仕事の関係で私が単身赴任することになりました。
家族の松家とは遠く離れていました。
車で一走りというわけにはいきませんでした。
ときおり家に電話をしてイルカの声を聞きました。
イルカの声に『はやく会いたいな―』と、思っていましたが、簡単
には会えません。私には仕事が山ほどありました。
イルカの顔を見ることができないほど、イルカに会いたいな―と思
っていました。が、それは無理な相談でした。

イルカの声を聞きたくなり家に電話をしたときでした。
「おとうさん。最近イルカが『ミャ―ミャ―』てね。泣いてばかり
いるの」と、美奈子から伝えられました。
「……そうか」
私はイルカの顔を見たくて仕方がありませんでした。無性に抱きた
くなりました。
ひとりイルカと離れ布団の中に潜り込むとき、イルカの顔が目の中
にチラッき寝つきの悪い晩もありました。
そんなある晩のことでした。
『ミャ―ミャ―』
と、私の耳元でイルカの泣き声が聞こえました。
鮮明に聞こえました。いつも腕の中に抱いているときと同じように、
少し私に甘えたような泣き声でした。
私の出張先の部屋はマンションの一室でした。
ペット禁止でした。
隣近所にネコを飼っている部屋はありませんでした。
私はネコの泣き声にドキッと胸が高鳴りました。
そして、次の瞬間でした。私はスクッと布団の上で背を伸ばしまし
た。そしてゆっくりと部屋の中を見回しました。
私は部屋でネコを飼ってはいませんでしたが、この部屋のどこかに
ネコがいると確信しました。それも、イルカと確信しました。
それと同時でした。
(あっ……いまイルカが逝ってしまった)
と、私の魂が震えました。
ボ―とした目の先でただうつむく私の頭の中に、イルカと過ごした
日々が思い浮かびました。
雑木林の中で泣いていたイルカ。
手の中で背を丸めて泣いたイルカ。
布団の中に潜り込んできたイルカ。
肩に乗り首筋に顔を押し付け『ミャーミャー』と、泣いてくれたイ
ルカ。
思い出すと際限がありません。
イルカは家族といつも一緒でした。
いつもひとつ屋根の下で暮らしたイルカ。
私は切なく寂しくなりました。
(もっと長く一緒にいたかったな―もう少しだけイルカの側にいた
かった……)
少しだけ目頭が熱くなりました。私は膨らんだ目頭の雫を指の先で
押し込むようにおさえました。そして、横になりました。
イルカを思いながら私はいつか深い眠りの中に沈んでいました。
前後不覚に眠りに着いていた私は不意になにかの気配を感じました。
(?……)
私は布団の中から腕を伸ばし、枕もとの照明スイッチを入れました。
(えっ……)

実際のイルカです。この姿のまま部屋の隅にうずくまりジッと私を
見つめていました。かわいいネコでした。
私の胸がドキッと高鳴りました。
(イルカ……)
私の口の先から思わずイルカの名がこぼれました。
ほの暗い部屋の中にイルカの気配を感じました。
私は身を腰部屋の中を再び見回しました。
そして、私の顔がニコッとほころびました。
ベッドから少し離れた壁の端にジッとうずくまり、私を見つめるイ
ルカがいました。
見慣れているイルカに間違いありませんでした。
私は、なぜこの場所にイルカがいるのか、思うことさえありません
でした。
イルカがそこにいたのです。
イルカの目が真っすぐに私を見つめていました。
私は布団をまくり『イルカ……ひさしぶりだな―こっちにおいで』と、
手招きしました。
私が布団の中から声をかけるたびに、イルカはトコトコと歩いて布
団の中に入り込みますが、なぜかその時は、イルカは宙を飛ぶよう
に一気に私の布団の中に滑り込みました。
そのとき、私はイルカの行動を不思議にも思わず『あれ―イルカ。
今日は、いきなり布団の中に飛んできたね』なんって、と、ただ笑っ
ていました。
その後、私は前後も知らずイルカを抱いたまま深い眠りにつきまし
た。
その後のことだと思いますが、私の意識がふっと違和感を覚えまし
た。
その原因は、横になっている布団の上をイルカがトコトコと歩く気
配を感じたからでした。
間違いありません。
イルカが私の布団の上を歩く感触となにも変わりませんでした。
不透明な記憶の中で(イルカが、イルカが私に別れを告げるため。
ために、布団の上を歩いている)
実感しました。
遠く離れた処で暮らす私にイルカがお別れを告げに来てくれました。
と、確信しています。

イルカが、この空のどこかにいると思うとだけでホコっと頬がほこ
びます。
この話は私が実体験した話です。
それからまた十数年たちました。
今でもイルカに会いたい気持ちは変わらず、毎日思い出しては懐か
しく思うこのころです。
ここまでページを開いてくれたみなさん。拙い文ですが、ほんとう

ありがとうございました。
次回からは、短編やエッセー、童話など思いついたまま記事にして
投稿していきたいと思っています。
                           おわり








×

非ログインユーザーとして返信する

あと 2000文字

※は必須項目です。