遠い記憶の底に沈んでいたポエム?エッセイ?童話?短編?……

ずいぶん前から書きためていた文(もの)です。取るに足らない書き物ばかりですが、パソコンを開いていたら100編ほどの文がありました。少しづつ整理して投稿していきたいと思っています。

不思議な現実(雑木林でネコが泣くその4)

  

               

         ページを開いてくれれありがとうございます
    今回で最終回にするつもりでしたが(その4)になってしまいました。
    次回は必ず最終回に……なります。

      

だれがいつ建てたのか、木漏れ日が漏れる雑木林に小さな祠(ほこら)がありました。
その傍らに小さなダンボール箱がありました。

(4)雑木林でネコが泣く


山の神さまを納得させる案を一瞬、思いつきました。
私の顔がニコッとほころびました。が、それもつかの間でした。
笑みを浮かべた私の目のなかに山の神さま(奥さん)がいました。
山の神さまの表情をのぞくと、その目の先で絶対にネコを飼うのはむり、むり、むりな相談よ。と、いっていました。
(ふーっ。やはりだめか……)
長い息を吐き出して顔を上げたとたん。
(あれ?ー)
先ほど山の神さまを納得させるグッドアイデアーがなんだったのか、私の頭のなかからどこかに飛んでいってしまいました。
(あれーなんだったけ~良い方法って……なにを考えたのだろう)
私は首をかしげました。
最近、わすれっぽくなりました。
年のせいと考えたくなかったのですが、昨今、キッチンに立つ山の神さまに用事があり、居間から『よいこらしょ』と、腰をあげたとたん。

(あれ? ーおれーおれー。山の神さまに、神さまに……。なにをいいたくて立ち上がったんだろう)
と、首をかしげ、指の先で首筋をなでるしぐさが多くなりました。
首をひねり山の神さまに背を向けたタイミングで(あーそうだ)なんて、山の神さまにいいたかったことを思い出すことがありました。
(う~ん。どうしたらいいだろう)
祠(ほこら)のかたわらでダンボール箱に入った子ネコが『ミャーミャー』と、泣いています。

(どおしたら、よいかなー)
私は途方に暮れ、子ネコの泣き声に耳を澄ましていました。
山の神さまは、ふだんは子どもたちや私にとても優しくて申し分がない神さまなのですが、ネコ、イヌの類になると話は別でした。
以前にも紹介させていただきましたが、小学生低学年の時、野良犬にガブリッとわき腹をかまれたトラウマが体と脳にへばり付いてしまったようです。
ときおり家族といっしょに買い物に出かけることがあります。
途中、前方から手綱で引かれた犬と連れちがうときがときどきありました。
とたん『キャーこわい』と、山の神さまは、のどの奥から黄色い声を上げ、私の背に隠れることがありました。
(なんで、なんで? なんで……あの犬は大きいけど、あんなに優しそうな顔をしている……。それに、しっかりと飼い主さんが手綱を握っているのにー)
私は(いい大人がイヌと連れちがうだけで……キャーなんて。イヌの方が……。イヌの方があんた(山の神さま)を逆に怖がるよ)と、あきれていました。

ふたりの子どもたちも不思議そうな顔をして私の背に隠れる母親、山の神さまの顔を仰いでいました。
子どもたちは、学校の帰り道や遊びから家に戻るとき、道端で泣いているネコを見つけると我慢ができないようでした。母親に叱られる覚悟で捨てネコを胸に抱えて家に戻ることがありました。
そのつど『だめ! ー。だめったら―だめなの!―。もとのところに戻してきなさい』と、叱られていました。
山の神さまに怒られ、ふたりの子どもたちは顔をそろえ、目の先を私に振ってきます。
その目が(ねーねーおとうさん。ねーこのネコ、家で飼ってもいいでしょー。おとうさんがいいって、いって、いって……)
と、訴えていましたが、私はあえて聞こえぬふりをしていました。
「いいよ」
と、口が曲がってもいえません。山の神さまから大目玉を食らうこと間違いないからです。
(まーしかたないか嫌いなものはいくらお願いしても、だめだな)
私は、今回もネコを拾って帰ることをあきらめました。
『ミャーミャー』
そんな私の目の先でネコが消え入りそうな声で泣いています。
泣き声が心なしかだんだんと細くなっているのがわかりました。
泣き続けて疲れたのでしょうか。
私はその場を立ち去ることもできず腕を組んだまま立ちすくんでいました。
そして腕を目の前に差し上げ、腕に巻いた時計に目を細めました。

生い茂る木々間からこぼれる小さな日に、腕に巻いた時計の面が鏡のようにキラキラときらめいていました。針の芯がどこを指しているのか読み取れませんでした。
私は時計を目の前に上げて目を細めました。
針は9時半を少し回っていました。
針をチラチラッと見つめ、フッーと目の先で茂る木々を仰ぎました。とたん山の神さまの顔が、また目に浮かびました。
(そういえば……山の神さま……。今日……年に一回、同級生仲間で昼食会があるといっていたな……。朝の10時には家を出て……。戻って……くる。くるのは晩の7時~8時ごろになると、いっていた)
山の神さまは高校を卒業してから10数年ほどたっていました。級友たちのなかには、いまだにひとり身で人生を楽しんでいる人もいるようでしたが、ほとんどの友人たちは、それぞれ伴侶の実家に嫁ぎ家庭を築いている人が多いといっていました。
実家を離れて伴侶とともに新天地で家を構えている同級生もいるようでした。
山の神さまにとって年に一回の昼食会は、昔話に花が咲きワイワイガヤガヤと騒いでいると青春時代に戻ったようで楽しい。と、毎年、昼食会の開催を心待ちにしているようです。

昼食会は定期的におこなわれていました。
メンバーはそのつど異なりますが、毎回、5・6人ほどとのことでした。
毎回、集会に集う級友もいれば、つごうで来られない人もいるようでした。
私も山の神さまがお付き合いしている方々を知っていました。
山の神さまがときおり、学生時代に撮ったアルバムや昼食会での記念写真を見せてくれました。
学生時代の画像と最近撮影したフォトでは、だいぶ感じが異なっていました。
まーなんというかー。
それぞれ学生時代より、ふたまわり、みまわりほど腰の回りに肉が付いていました。頬にもそれなりに肉が付き、かっぷくがよくなっていました。
昔の写真と最近のフイルムを見比べると(あれーっ。このひとだれ? ー)なんて、山の神さまに向かって写真を指差すことがありました。
ときおり、我家の近辺に用事で来た友人が立ち寄ってくれることもありました。
昼食会の会場は、毎回、異なっているようでした。
昼食会の会場の手配は順番で決めていたようです。

今回の昼食会は、我が家から2時間ほどバス電車を乗り継ぎ埼玉県の所沢市で催すそうです。
今回の昼食会の担当は所沢市で暮らすAさんでした。
「へー飯を食いにいくだけで。へーずいぶんと遠くまでいくんだね」
と、私は山の神さまの顔をのぞき込みました。
「そうよ。たまには景色の良い開放的な場所でご飯を食べるのもいいんじゃーない。今回は所沢で渓流を眺めながらホテルのラウンジで食事するの。ふっふっ」

山の神さまの声は弾んでいました。
年に一回の昼食会です。
まーそれはそれでいいでしょう。
私とふたりの子どもたちの昼飯と晩飯は、コンビ二で弁当を買って食べることでOKですから。
山の神さまは、毎回、年の一回の昼食会から上機嫌で家に戻ってきます。

アルコールも多少いける山の神さまです。
目元をポ~ッと染めて戻って帰ることもありました。
自身では気がついていない様子でしたが、「ふんふんっ」と、鼻の先から息を吐き出し「ただいまー」と、玄関の扉を開けることもありました。
昼食会の帰り道、子どもたちのお土産は忘れませんでした。

私はもう一度、腕の時計に目を細めました。

針は9:50分近くを差していました。
平常日のウオーキング時間は、会社に出かける支度もあります。
毎朝6:30分ころには家に戻りますが、今朝は休日です。
少しゆっくりと家を出たこともありましたが、ウオーキングの途中で『ミャーミャー』と、泣くネコに足止めされていました。
家に戻る時間が10数分遅れてしまっています。
山の神さまが出かける時間が10:00といっていました。
(あちゃー。山の神さま、怒っているだろうなー。私が出かける前、朝食の前に必ず家に戻ってね。と、念を押されていました)
と、首をすくめたときでした。
腰のポケットに差し入れていた携帯電話の高い呼び出し音が、ビリビリと鳴りました。
その高い呼び出し音は一瞬、雑木林のなかでエコーをかけたように木霊(こだま)しましたが、私がすぐに受信ボタンを押したので、その呼び出し音はピッタと止み、雑木林は何事もなかったように閑としました。
携帯電話の音に一瞬、驚いたのかネコの泣く声がピタッと止みましたが、次の瞬間でした。『ミャーミヤーッ』と、ネコの泣き声が一段と高くなりました。
身のたけ以上のダンボール箱のなかをはい上がろうと、小さな爪を立てダンボール箱の内側をカリカリと掻いていました。
小さな背を伸ばしダンボール箱を乗り越えようと箱の内側を爪先で掻いていましたが、そのつどゴロっと箱の底に転がっていました。
子ネコは転げ落ちても滑り落ちても小さな手足で立ち上がり、箱の内側を繰り返し繰り返し掻いていました。

(う~ん)
私はネコを見すえ喉の奥から息を吐き出しました。
携帯電話を耳に押し当てました。
聞こえてきたのは、やはりでした。
山の神さまです。
「あんたーなにしてんのよー。朝ごはんも食べないでー。私さー時間がないから出かけるからねー。子どもたちには朝ご飯を食べさせたからさー。あとはあなたが勝手にやってねー」
「はいはい。わかりました。わ・か・り・まーした」
私は携帯を耳から離しました。
(まったくー。キャンキャンとうるさいんだからー)
いえいえ。山の神さまが決して悪い人といっているわけではありません。
常識のある良い主婦といっても過言ではありません。子どもたちにも優しく申し分がないのですが、ただときおり感情をおさえきれないことがありました。
融通の利かない私と、いたずらざかりの子どもたちふたりを抱えて毎日大変なのは承知していますが、私や子どもたちにもいい分があります。
しかし、家庭に波風を立てないことが私の唯一の取り得です。
ほんとうですよ。
山の神さまのいうことを『はい、はいっ』と、聞き流しているのが一番です。
「今晩、少し遅くなるかもしれないからー。夕食の支度もしておきましたからね。子どもたちをお願いね」
「はいはい。わかりました」
コクコクと首を折りました。
その私の頭の中にさまざまな思いが、一瞬よぎりました。
(今夜、山の神さまはアルコールを多少飲んでくる。そんな時には決まって機嫌がよい……。そして……。そして、今晩夜半過ぎから大雨が落ちる……。雨は2・3日続く……。テレビで天気予報が繰り返し繰り返し流されていた。それは山の神さまも知っている……。かりに、かりにだよ。かりに家にネコがいたとしても……。

だよ、だよ。

目も開いていない子ネコを外に出してきなさい。と、いうほど冷たい山の神さまではない。ネコを外に出したら命がない……。それは理の明白。よし! ―ネコを飼うチャンスは今日しかないな……時は今……)
私は確信しました。
今日は昼食会、アルコールも飲んでいる。
そんな日は、決まって上機嫌。

そして明日からは、数日間大雨予想。
それは山の神さまも知っている。
山の神さまも、そんな荒れた日に『ネコを戻してきなさい』と、いうほど冷たい人ではない。
はずだ……。
「雨が降っている間だけ、だけでいいからー」
と、子どもふたりと私のさんにんが首を並べて山の神さまにお願いすれば……。
「約束よ。雨が止んだら絶対に元のところに戻してきてね」
と、嫌々ながらも絶対にうなずいてくれる。くれるはず。です……。
(よしっ!―雨は2・3日続く……。その間に、あいだにネコ嫌いの山の神さまも、かわいい子ネコに心を開いてくれるかも、かもしれない。
『ネコってさーいがいとかわいいわねー』
なんて、いってくれるかもしれない。
(そうだ。その作戦でいこう)
(よしっ。今回はその作戦、作戦でいくか)
私はひとり大きくうなずきました。
そしてダンボールの中で泣く子ネコを両手で包み上げました。
「ミャーミャー」
片手のひらに乗るほどか細くて小さい子ネコでした。


最終回になるはずでしたが(4)になってしまいました。
次回は必ず最終回です(予定)
以後、最終回に続きます









 

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