遠い記憶の底に沈んでいたポエム?エッセイ?童話?短編?……

ずいぶん前から書きためていた文(もの)です。取るに足らない書き物ばかりですが、パソコンを開いていたら100編ほどの文がありました。少しづつ整理して投稿していきたいと思っています。

   不思議な現実

                                 
                

                                 

                                                                                         

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   不思議な現実
   
(3)雑木林でネコが泣く
 
 山の神さま(奥さん)は、なぜかネコ、イヌが嫌いです。
「なぜさーーネコとかイヌを敬遠するの? 」
と、なんどかきいたことがあります。
私の問に山の神さまは、眉をひそめ声を荒げていました。
「なんでもよ。嫌いなものは嫌いなの! ――」
小学低学年の頃、山の神さまは学校の帰り道、
大きな野良イヌに追いかけられて脇腹をガブリとかみつかれた。
ことがあるみたいです。
山の奥さまのご両親は、当時流行していた狂犬病ウイルスに感染してしまった。
と、大騒ぎしたそうです。
【注・現在、日本からは狂犬病ウイルスは完全に駆逐されましたが、
当時、狂犬病ウイルスに感染すると100パーーセント死に至る恐ろしい疾患でした。
今でもアジア全体で年間数万人以上の人間がなくなっています】
ここ十数年、野良犬の姿は街から消えましたが、
昭和の中頃まで野良犬が辻々にいました。
その野良犬が餌を求めて町中をうろついていました。
幸い、山の神さまはウイルスに感染せず、
傷も数日で治癒したそうですが、
その時以来、イヌが大嫌いになったようです。
イヌ、ネコの嫌の人たちは、いちがいにはいえませんが、
他の動物たちも毛嫌いする傾向があるようです。
と、いうわけで、山の神さま(奥さん)は、その事件、
イヌにかみつかれた以後、動物を受け付けなくなってしまったようです。
山の神さまとは違い、
私も子どもたちもイヌやネコ、動物の類は大好きでした。
道を歩いていても、ネコの泣く声を聞くと自然と顔がほころびました。
そして首を左右にふり目の先でネコの居場所を探っていました。
山の神さまは、子どもたちに『ネコを飼ってもいいでしょ。
イヌを飼ってもいいでしょーー』と、
再三再四せがまれていましたが、
絶対にあごの先を縦に振りませんでした。
そんな山の神さまの頑固な性分を知っている私は、
ネコが「ミャー」と泣くミカン箱の前で腕を組み考え込みました。
(ネコを拾って帰ったら山の神さまは、絶対に怒る。だろうなーー)
「そんなネコ! 早くもとのところに戻してきてーー」
山の神さまが目尻をキッとつり上げ私を睨む顔が想像できます。
(まずいな……ネコを拾って行ったら……絶対に叱られる……し……なーー。
しかし、しかしだよ……しかしこのままでは…ネコの命は…ない)
木漏れ日が足もとで小さな日だまりを作っていました。
その日がかげろうのようにユラユラと揺れていました。
私は箱の前に立ち腕を組んだまま顔を上げました。
葉が生い茂る茂る木々間に小さな空がのぞけました。
早朝の空は青く澄んでいました。
ときおり木々間を吹き抜けるソフトな風が私の頬を撫でました。
木々の枝先に重なり茂る緑葉がサラサラと小さな音を鳴らしていました。
その音(ね)は、祠(ほこら)の脇に置かれたミカン箱から聞こえる
ネコの声に一瞬立ち止まり、辺りに聞き耳を立てたときに聞こえた妖精……
天使……の、ささやきのようでした。
甘くやわらかく、そしてやさしく澄んだ音でした。
生まれたばかりの生き物たちが親に伝える一番最初の産声のようでした。
胸に染み入る音(ね)でした。
「早く助けてあげて、はやくはやくあなたの胸に抱いてあげて」
声がどこから聞こえるのか辺りに首をふりましたが、
見えるはずはありませんでした。
ですが、私は実際に体感しました。
聞こえるはずのない声のはずです。が、たしかに聞こえました。
とても不思議な感覚でした。
寸刻の間、祠の前で腕を組んだまま耳を澄まし、
山の神さまの顔を思い浮かべどうしたものかと思い悩んでいました。
そんな私の頭の中でピカッとひらめきました。
たいした名案でもないのですが……。

                         つづく


                       



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